昨年不動産仲介業に参入したソニー不動産が話題を呼んでいます。
- 「営業ではない、お客さまのエージェントである」
- 「両手取引はしない」
- 「手数料は変動制で、使った分だけかかります」
- 「どこよりも高く売れる」
一番下の主張はともかく、上3つは本当のようです。実際、買い主側がソニー不動産で売られている物件を内見希望場合は、社内システム側からでなくレインズで調べるようです。
(つまり、社内に明確なファイヤウォールがあるということですね)
素晴らしくスマートでカッコよく、理想的です。
しかし、今までなぜこの当然のことが成り立たなかったのでしょうか?そして、ソニーさんはこの商売を成り立たせることができるのでしょうか?
不動産業界の外にいるのらえもんですが、勝手に脳内シミュレーションしてみました。
・片手取引のみにビジネスモデルを限るとかなり不利
大手、特に財閥系の不動産仲介業は、営業マン一人当たりだいたい月3回程度の片手取引で商売が成り立つラインに入ります。その人だけの雇用コストなら月1回で済むかもしれませんが、バックオフィスコストや店舗運営料、宣伝等を考えるとその3倍の取引量が必要です。
ここでお分かりかもしれませんが、両手取引があると、必要取引回数は1.5回で済むことになります。
ソニー不動産の営業マンは、売り手側もしくは買い手側のエージェントとしての登録をしているため、月3回取引の採算ラインを下げることができません。また、来客されるお客は売り買いどちらがくるかわからないため、店舗に外出せず接客を担当する営業マンが最低でも一人づついない成り立ちません。
仲介手数料の上限値は「取引額の3%+6万円」と、決まっているのでこちらを引き上げることはできません。となると、取れる戦略の幅としては
- 高額物件をより多く扱う(なので品川ではなく銀座に店舗)
- 多店舗展開をしない
- なるべく客先に行かなくても済むようにする
- お客さんが通常より早く決めるインセンティブを出す
- 新規顧客獲得にかかるコストを減らす
といったことが考えられるでしょう。銀座に1店舗しか構えないのは上記1と2の戦略のためではないかと推察します。
・ソニー不動産の仲介料は特に安くない
今はホームページから削除されていますが、サービスイン当初は、公式Webサイトのトップに手数料例が公開されていました。こちらがその画像です。
初見でこれを見たときの僕の感想は
売却にかかる手数料、休日打ち合わせかつ立会い有と、サービスいいところくらいに合わせると、普通にフルでかかりますやん。 #ソニー不動産 pic.twitter.com/WyJoRN7gIf
— のらえもん (@Tokyo_of_Tokyo) 2014, 8月 1
ランク1のトップクラスエージェントとランク3のエージェントで手数料が24万円しかかわらないやん。しかも両者には案内物件数で倍以上の手間の差が存在するのに。 #ソニー不動産 pic.twitter.com/1aNqdvMzWc
— のらえもん (@Tokyo_of_Tokyo) 2014, 8月 1
公式サイトをじっくり見る限り、売却の扱いに力がより入っているようですので、売却のケースを列挙してみましょう。
法定上限手数料156万円の例:
ケース1(156万円):一般仲介・初回打ち合わせ休日・内覧立会有(毎回)・トップエージェント
ケース2(122万円):専任媒介・初回打ち合わせ平日夜・内覧立会有(毎回)・シニアエージェント
ケース3(112万円):専任媒介・初回打ち合わせ平日昼・内覧立会無・エージェント
これを見て、
専任媒介契約なら割引します!
更に平日打ち合わせで割引します!
内覧立会しなくていいなら割引します!
全部合わせて最大44万円値引!
と私には感じます。
売主側仲介が内覧立会をしないのなら、なんのための「売主エージェント」なのかさっぱりわかりません。一般でなく専任なら若干割り引くというのは結構メジャーな話ですし、こちらに特に目新しさを感じることはありません。そして私は専任にするなら、割り引きサービスよりも宣伝に力を入れてくれる方がナンボか嬉しいです、44万円以上高く売れる可能性が高まるのですから。
買主側サービスについては、さすがに立会いをしないわけにもいかないでしょうから、案内数が少なければ少ないほど割引率が高い、という料金体系としています。買主は仲介手数料が上がるスレッシュホルド値(5件・10件)で、「今まで見てきた中で決めると安い」というインセンティブが与えられます。
総合すると、先ほどの3.なるべく客先に行かなくても済むようにする、4.お客さんが通常より早く決めるインセンティブを出す、のビジネスモデルに当てはまると言えるでしょう。
・ソニー不動産の仲介業ビジネスモデルは単体では成立しなさそう
新規顧客獲得コストを下げるという意味で「ソニー」の名前を最大限に活用するのは当然のことです。不動産登記を取ってDMを撒くより、「ソニー不動産すごい」という噂・評判を流した方がスマートで安く済むはずです。その一環としての本の出版でしょうね。
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しかし、上記で挙げたビジネスモデル上の不利を覆せるとはとても思えず、私の脳内シミュレーション的には個人相手の仲介業のみでは成立しない、という結論です。仲介業だけでは食べていけないので中古仲介をマーケティングとした総合デベロッパー事業やソニーグループの資産管理というビジネスに発展させ、その一部門として収まるという発展の仕方になっていくのでは?と予想します。そのうちソニー不動産が売主の「エクスペリアマンション」が見られるかもしれませんね。
もう一つ、不動産仲介業は人と人の取引の仲介であり、そこには複雑な心理が絡みます。仕組みや綺麗ごとだけでは成立する業界ではなく、熱意・情熱・頭の回転・営業マン自身の見た目といったものも必要です。また銀座の店舗だけで、都内どこでも一様にきめ細かな対応ができるというのも疑問です。北区も大田区も杉並区も東京23区ですが、それぞれの街・物件に個性があり、すべてに精通したスーパー営業マンなどいないのです。
いろいろと述べてきましたが、ソニー不動産にケチをつけたいのではなく、むしろ彼らの掲げている理想はすばらしいと評価します。しかし、仲介手数料の付け方に現実が見え隠れするのも事実です。財閥系仲介業者がソニー不動産のやることをなぜできなかったといえば、不当な利益を貪るためではなく、このビジネスモデルで事業が成立する見込みがないからでしょう。
ちなみに、私個人の考えとしては、仲介手数料の上限が決められている現状では「両手仲介」が悪とは全く思っておらず、「両手仲介を狙うための囲い込み」が悪と思っています。
無理に「米国型の片方エージェント」というビジネスモデルではなく、「両手のための物件囲い込みはしません」というコミットメントで十分でなかったか、と。
P.S.
営業マン一人あたり月3回の取引が必要なのはバックオフィスコストが莫大な財閥系不動産仲介さんであり、1店舗のみ・全員営業マン形態だと、維持可能な必要取引数が下がります。
営業マンはあくまでも会社から雇われたサラリーマンであり、自身と事務員さんと本社オフィス人員の雇用維持のために、ノルマに追われている存在であることは私を含め皆同じなのです。
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