タワマン文学というジャンルがネットに興ったのは2年前でしょうか。窓際三等兵というツイッタラーが、湾岸タワマンに住んでいる人をネタに的確なイシューの捉え方もさることながら、誰かの呟きがさも湾岸民全体がその意見であるかのような誇張していて、正直読んでいて気分の良いものではありませんでした。
その彼が、湾岸タワマンとそこに住むファミリーをおちょくった舞台にした小説「息が詰まるようなこの場所で」をKADOKAWAからリリースするといい、へぇぇ彼は小説家に憧れがあったんだろうなと思っていたら、なんと湾岸妖精の私に対談オファーをしてくるんですよ、なんだとこの野郎!受けて立とうじゃねぇか。
ということで、出来上がったのが以下の対談です。まずはこちらの対談を読んでからこの続きをご覧くださいませ。冒頭から冷静にグーパンを当てにいってポイントを稼ぐ展開をしています。
湾岸タワマンの「中の人」から見たタワマン文学とは――。『息が詰まるようなこの場所で』著者・外山薫×湾岸タワマン専門家・のらえもん対談
ダ・ヴィンチWeb
外山薫さん(以下、外山):このたび、まさか対談を受けていただけるとは。タワマン文学って、湾岸のタワマン住民をいじる所からスタートしているので、怒られるんじゃないかと。今回の作品でも、「湾岸の妖精」を自称するのらえもんさんをモデルに、「湾岸の神」とか勝手に登場させてるし(笑)。そもそもなんですけど、湾岸タワマンの「中の人」から見たタワマン文学ってどんな感じですか?
のらえもんさん(以下、のらえもん):まず第一にムカつくというのはありますね(笑)。ただ、この本を真面目に分析すると、考え方、視点がいかにも伝統的な日本企業の人っぽいなと。実は最近の湾岸タワマンは価格が高くなっていて、士業や経営者の人の割合が増えています。だから、湾岸住民でも共働きのいわゆる「パワーカップル」みたいな人には刺さっているかもしれないけど、そうじゃない人にはピンとこないんじゃないかなと感じていますね。
作り笑顔で会食しながらテーブルの下で蹴り合ってるみたいな対談で実によかった。 https://t.co/J9OvDVkjHn
— どエンド君 (@mikumo_hk) February 15, 2023
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さて、ここからが対談没になった箇所と若干厳し目の私のレビューを合わせて。
そもそも湾岸タワーマンションは、いつから羨望の場所になったのでしょうか?私がこのブログを書くきっかけになったのは、2011年大震災直後の湾岸タワマンに向けられた、嘲り・罵り・レッテル貼りでした。メディアではさながら「虚栄の塔」みたいな書かれ方はしましたが、みんなが憧れるという文脈では一切触れられていませんでした。だからこそ、サラリーマンが頑張れば買える価格で、都心エリア近傍でスペックが高いタワーマンションが購入可能だったのです、いわば「合理的に考えて湾岸」。そういうエリアでした。
湊かなえ原作のTBSドラマ「夜行観覧車(2013)」の舞台は、架空の高級住宅地「ひばりヶ丘」でした。無理をして狭いながらも念願の戸建てを買って移り住んできたところ、旧住民はそういった移住者を「ふさわしくない」と陰湿に排除、対立するというのがベースでした。新旧カーストを描いたこのドラマの原作小説の連載は2009年ですからもう少し古い設定でしょうか。
3年後のTBSドラマ「砂の塔(2016)」はうってかわって、架空の湾岸タワマン「Sky Grand Tower TOYOSU」になりました。そこでは豪華だがセレブ主婦たちのタワマンルールに翻弄され、タワマンカーストに巻き込まれる…ってつまり同じ構図ですよね。つまり、世間様にわかりやすいカーストがある地として高級住宅街から豊洲タワマンに舞台が移るまで、3年しか経っていないのです。
そして、高級住宅地はガチ富裕層が住んでいるけど、湾岸タワマンは元々そんなエリアではなく合理的に考えて湾岸にした…そうした人たちが集まっているはずなのに、いつの間にか憧れと羨望があって中では地獄のカーストがあることにされて、挙げ句の果てには「湾岸のタワマンに本物の富裕層は住まない」とか、また外野から言われてしまう、そんなこと俺たち思ってないし言ってないのになーと。埋立地の湾岸タワマンはコスパの良さが売りだったのに、いつのまにか成り上がり・成金しかいないとか、みんなが憧れていて住みたいとか、変に誤解されている…一種の倒錯が起きているわけです。お前らなんとかしろ。
この本は、雑設定のTBSドラマとは違うので、この文脈に乗っていません。背景がきちんと理解された上で書かれています。しかし、別に殺人事件が起こるわけではない、ドロドロの不倫劇があるわけでもない、達成感のある壁を超える仕事が来るわけでもない。淡々としたタワマンでの日常、それが「息が詰まる場所」の舞台として描かれています。なんだこの鵺のような本は。とても評価がしにくい。
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この本の骨格をなす部分として、銀行員総合職と一般職の共働きカップルである妻と旦那が自己語りをしていく第1、2章があるのですが、厳し目に言えば、ディティールを追いすぎてJTC中の人(日本のよくある大企業病に苦しむ、でも飛び出せない中の人達)と、東京湾岸タワマンのあるあるネタに終始してしまったのが、もったいなくもあり、さりとてこの小説のオリジナリティのコアであったりもします。
主人公が喋る
〜主人公の言葉に出さない思いが出る
〜モノローグで説明しよう!SAPIXとは〜〜〜〜という解説が出る
相手が喋る
主人公が喋る(以下繰り返し)
というパターンが窓際氏外山氏お得意の粘着性のある文体で物語が進んでいきます。しかし、これを読めばあなたも湾岸民あるあるに即席でついてこれる!読んだ上でみんな来ようよ東京湾岸エリア!
銀行内での出来事含め、現実に起きていることをなぞっているので、元ネタはあーこれですなとニヤニヤしながら読むのは面白いんですけどね。なお途中、旦那が後輩女性と仲良くなりかけるシーンがあるのですが、ここから不倫には一切発展せず。なおなぜ発展しなかったのか?面白かったのでは?と本人に聞いたら「非モテが濡れ場を書けるわけ無いだろ!いいかげんにしろ」って怒ってましたのでここで報告しておきます。
個人的には、3章以降は少し執筆時期が違うのか、筆者が書き慣れていったのか、読みやすくなりました。JTC的コンプレックスとはまた違う、自分で勝ち取ってきた人・家から引き継いでいかなければいけない人の苦悩、そうした人たちもそれぞれ悩みを持つよな、当たり前だよなという読後感です。特に後者については、昨今話題にのぼる岸田総理の息子や岸前防衛大臣の息子もボンボン苦労知らずといわれつつ彼らも彼らでレールから外れられないという悩みを持つでしょう。
読むうちに完成度が次第に高まっていく、グラデーションを楽しめるのも長編小説家デビュー作ならではだからでしょうか(え、まだ書くつもりなの?次は世田谷にしてよ!)。
本を貫くテーマの一つに、中学受験その前段としての進学塾と10代前半の受験戦争があるのですが、受験のお悩みは、文京区のほうが深いんじゃないですかね(ニチャァ)。いうて豊洲って名門中学にはあまり通いやすい環境ではないですし、特に小学校受験に成功したら、そのまま引っ越しちゃうパターンも多いです。
「なぜ湾岸は教育熱(というより受験熱といいたいんだと思う)が高いのですか」と聞かれたのですが、私は「湾岸民=ユダヤ人説」を唱えています。湾岸エリアに住む共働きカップルは移民であり、多くの方は資産的背景を持っていません。余裕のある自営業・経営者・士業組とはまた違った悩みを持っており、次代に引き継がせるものは、教育だと思っているのです。それは悪いことではなく、子どものことを考えてのことですよね?小説では短大卒母のコンプレックスの解消手段とねちっこい見方で取り上げられていましたが、湾岸エリアの大卒・大学院卒は相当高いわけで、そっちじゃないんだよなぁ…次代にも学歴は引き継がせたい、でも埋立新興エリア故に名門中学校からは遠い、というまた別の問題もあるのですが。
ということで、鵺みたいな文章は面白いし時間つぶしになります、メルカリで買いましょう!
人が触ったものが嫌、よくわかります。一応、Amazonのリンクも置いておきます。
のらえもんさんの記事は2015年から拝見しており、その時からのファンで、記事の後押しもあり湾岸マンション住人になりました。私もそうですが、状況や立場も変わったと思います。とくに最近プロ転向されたことでより求められるもの、世間からのプレッシャーが強くなったものと存じます。それらは理解しつつも、以前ののらえもんさんの若々しくより読者目線の記事が懐かしく、また求めつつあります。時々は、個別物件評価やマンション購入のトレンドなど、より各論に迫る記事も書いていただけることを期待してます。